本を買うということ。本を売るということ。
こんばんは、はっしーです。
昨日、自社メディア記事のネタ探しに新宿のブックファーストをふらついていたんですが、
いやー、読みたい本のオンパレードですね。
買いたくなるなる。
Twitterとかでもたまに目にする、「もし◯◯が~~を書いたら」シリーズです。
さらには、カップ焼きそばを愛するカップラーメンの営業マンに「文春砲」がぶっ放される。
立ち読みで面白かったので、買おうかなと。
何の話してたっけ
別に本の話をしに来た訳じゃないんです。
そんな本屋で思ったこと。
人間はいつ本を買うのか?
なぜ本を買うのか?
別に、情報を集めるだけならネットでもいいじゃん。
無料だし。
まあ、ネットリテラシーやら「ググれカス」問題については今度触れるとしても、本より圧倒的に使いやすいし、今後の発展性がある。
情報も更新され続ける。
では、なぜ本が売れるのか?
わが社も本を出しているけれども、なぜ出しているのか?
電子書籍が出始めた頃から「紙媒体は減る」といいつつ、(むろん斜陽ではあるのかもしれないけれど)いまなお売れ続けている。
本が売ってある理由を考えてみました。
1.本にしかない表現
ネットが「視覚×聴覚」のメディアだとすれば、本は「視覚×触覚」のメディアとでも言おうか。本の手触り、突起。
絵本とかなら、分かりやすいですよね。
飛び出す絵本とか。
幼い子供がターゲットにいればなおさら、触覚は重視されますね。
2. 信頼と宣伝
今までのはどちらかと言えば子供向けだったり、特殊な本の場合。
こちらは、もっと話を広げて、ビジネス的な話。
参考書コーナー、受験生時代に買い漁った人も多いのではないでしょうか。
なんで、各予備校はこぞって本を出すのでしょうか?
自分たちの塾で教えていることなんだから、本にしちゃったらみんなそれで満足しちゃうじゃん。
でも、たとえば名の知れていない、聞いたこともないような塾と、
あれだけ本を出している某塾と、
どちらにみなさんいきますか?
どちらに子供を通わせますか?
悲しいかな、後者のほうが圧倒的に目につくんですね。
なぜか?
実は、教育と「本」には密接な関係があるんですね。
教育では、本を出しているということで、ある種の「信頼」につながる。
塾の営業かけるときも、見える形で信頼と実績が作られやすいから、重宝するんですね。
もちろん、サイトのクオリティとか、ネットの情報もひとつのツールです。
でも、やっぱりこれまでの日本の文化は「本」。
本が信頼、という人もまだまだ多いんです。
3. 思考の言語化
こんどは買う側を想定してみましょう。
いくらこういう戦略を「売る側」が持っていたとしても、買うかどうかはわからないですよね。
それでも、なぜ「本」を買うのか?
なぜかわからないけど、これは個人的な感覚で、
Web媒体より本のほうが、思考の言語化がうまくいくような気がするんですよね。
そんな経験、ないですか?
初めて知ったのはWeb上とか人づてとかだけど、それをしっかり整理して、言語化してくれたのは本だった、みたいな。
だって、勉強するときだって、
講義を受けて、そのあと教科書で確認したり、参考書で演習したりするわけじゃないですか。
定着と言語化には、本。
もしかしたら、なにかあるのかも。
ないのかも。
錯覚か。
しらね。
でも、なんかそういう感じしませんか。
本で、お金と時間をかけて、しっかり読み解く。
手間がかかる分、余計な作業が入る分、記憶に残る、ということかも。
そんなこんなで
まあ、いろいろあって、本って、売れちゃうんですね。
売る側も、依然として広告になりえるから売るし、買う側も、しっかりした知識を得ようと思えば買う。
本屋そのものがひとつ、暇つぶしの場所になっているのもあるかも。
また今度、しっかり整理してみます。
第3のビールとからし高菜が尽きたので、寝ます。
おやすみなさい。