意識高い系の生態
おなかがすきました。
こういうブログをかいていると、(おもに学生界隈から)「意識高いねーあはは」といわれる機会がふえましたね。
で、世にいう「意識高い系」って、誰のことかなあ、と思うわけですね。
そもそもなによ、意識高いって。
この問題掘り下げると、意識ってなに?というところから始まるわけです()
成長したいという意識?身分不相応のことに手を出していること?一歩早く社会に踏み出していること?
自分の中では「ステレオタイプから離れてよくわかんないけどすごいことやってる人」のイメージ。
でも、ほんと?
ところがどっこい。ほんとにそれが「意識高い」なの?って話で。
結論から言ってしまうと、「別にどうでもよくね?」ってこと。
だってさー。意識が高かろうが低かろうが(?)生きていけるわけだし、就活するわけだし。
まじめに大学行って授業受けたり、就活がんばって内定とるのに必死になってるのも、十分「意識高い」よね。
自分のやりたいこと、自分の将来のために行動している、というだけの話な気がする。
別にそれを振りかざさなくても(そんなひと見たことはないけど)いいし、それを「うえーおまえ意識高いな」とあおるのもあほくさい。人をたたく暇があったら自分のケツたたいたほうが自分のためになるよね。
意識が高かろうが低かろうが、結局は自分の将来のことを考えるんだから、どっちだっていいじゃん。どっちもくそもないよ。
自分から外に向かっている「意識高い」は、レベルが違う。
とはいいつつ、ひとつだけ例外があってだね。
今までは、「自分の将来」「自分のやりたいこと」だから勝手にしろや、って話だったけど、
そうじゃなくて、「ほかのひと」のためにやっている「意識高い」は、圧倒的なパワーを持ってるよね。
正直、自分たちのための「意識高い」は無駄。
それならたたかれてしかるべき(とまではいわないけど、まあ少なくともたたかれても「ほーん」としか思わない)。
自分のためにやっていることが、ちゃんとほかのひとの役に立っていれば、いいんじゃないかな。
おわり。